小説時代・長井景維子

夢の中で見る夢

          長井景維子

 一、自殺未遂

 

 死にたいと思ったのは、その日が初めてだった。自宅の二階のベランダから庭に飛び降りて、救急車で運ばれた。幸い、芝生の弾力のおかげで、骨折ひとつせず、ただ、ドクターに死にたかったと一言言ったので、精神科に緊急入院となった。

 精神科病院というのは、特殊なところだ。窓という窓ははめ殺しである。新鮮な空気が吸いたくて、風を入れようとしても、窓は開かない。飛び降り自殺予防のためである。患者たちは皆、目が死んでいるように思った。そう感じた。こんなところでイキイキしている訳がないけど。

入院する前にボディーチェックがあった。刃物や金気のものを持っていないか、現金を持っていないかなどを調べられた。まるで刑務所に行く前の囚人のようだと思った。

 極めて退屈な二週間をそこで過ごした。何のために入院したのかは、いまだに判然としない。医者が言うには、自殺願望が完全に消えるまで、消えたと医者が判断するまで、ということだった。自殺願望なんて、とっくに消えてる。私は会社に行かなければと焦っていたのだが、医師は診断書を上司に郵送しており、会社側からはやんわりと退職を促された。

 なぜ、ベランダから飛び降りたか。自殺未遂をした訳だが、その原因は、詰まるところ、失恋だった。

 彼とは結婚を意識して付き合っていた。二人で充分な時間を一緒に過ごし、お互いわかり合っていたと思っていた。彼を全面的に信用し切っていたし、愛されている自覚もあった。幸せな普通のカップルだった。

 彼が数百万円の借金を私に隠していたことが発覚した。数年前にカジノでギャンブルをして大火傷をしたらしい。それを彼は私にプロポーズした後で、実はね、という調子で何ともなく、私が返済に協力するのは当然だという言い方で説明した。私は頭に血が登って何が何だかわからないくらいに取り乱し、指に嵌めたエンゲージリングを外して投げ捨てた。彼はその指輪を慌てて拾い、ポケットにしまうと、初めて、ごめん、と言った。

 ごめんで済む訳ないでしょう。別れる、私。家も車も買えないし、子供も持てない。そんな結婚願い下げ。

 そして、週末、家で寝込んでいたところ、ああ、もう何がどうなっても知らない、という思いが込み上げて、私としたことが発作的にベランダの柵を越えたのだった。

 幸いに怪我も骨折もなかったけれども、自尊心や羞恥心といったメンタルをやられたのは事実だ。人間不信にも陥った。そして、失恋のショックに加えて、自殺未遂という四字熟語が意識に深く刻み込まれた。そして、何とも憂鬱な精神科病院入院の顛末。私の人生は突然に音を立てて崩れ落ちていくようだった。

 二週間の入院で私は完全に立ち直ったわけではなかった。両親が自宅療養をさせたいと強く希望してくれた。精神科病院という環境は私のメンタルに必ずしもベストではなかった。それをドクターも認め、私の場合は家庭での受け入れ態勢が良好と判断されたのだった。それというのも、父が内科医だったことが大きい。

 自宅療養している間、父が投薬をしてくれた。精神安定剤の穏やかなものを適量処方してくれていた。それから、睡眠導入剤を毎晩、一錠。これで穏やかにぐっすりと眠れるようになった。会社は辞職した。

 別れた彼とは二年弱付き合ってきた。長くもないけど、短くもない。私は十分に彼に与えたし、彼も私に多くを与えてくれていた。結婚を意識するまで、深く相手を理解し、愛していたのだから、一瞬にして彼を失ったショックは凄まじかった。

 私は仕事も辞めたので、時間がたっぷりあった。内科医の父は、私の様子をみて、旅行にでも行って来たらどうだと提案したが、私は気が進まなかった。元彼が口にした借金の金額が頭にこびりついて、あの人、これからどうするつもりだろうかと、他人事ながら心配もした。連絡したい衝動に駆られた。

 程なくして、会社の同僚、瞳から電話があった。私が急に会社を辞めたので、彼女だけでなく、仲間は心配してくれていたらしい。

「ご飯食べよう。出てこれる?」

 瞳は私に仕事で何かあると、いつも心配して気にかけてくれるような同僚だった。ロッカー室で小さな声で悩みを聞いてもらったことも数知れない。課が違うので、いつも顔を見て仕事していたわけではない。どういう訳か、彼女には以心伝心の不思議な察知能力があるのだろうか。

 私は瞳に誘われるまま、その週の土曜日の一時に横浜駅西口に程近い、お好み焼き屋へ向かった。会ったら瞳には何もかも包み隠さず話そうと思っていた。

 瞳は先に店に着いて、私を待ってくれていた。お好み焼きを焼きながら、私は元彼の借金(金額は何となくぼかしておいたが。)のこと、それで、喧嘩別れしたこと、そして、ベランダから飛び降りて、入院したことを話した。

 瞳は驚いた様子は微塵も見せずに、ただ、頷きながら私の話を聞いていてくれた。会社を辞めたことについては何も質問しないでいてくれた。彼女の思いやりだと感じ入った。

「でもさ、美咲(私の名前)、彼には一度会ったほうがいいんじゃない?二年も付き合って、そのまま喧嘩別れだと、お互いスッキリしないんじゃないの?」

「うん。そうだね。」

 私は瞳の言う通りだと実感していた。

「借金のことさえなければ、彼と結婚したいんでしょう?だとしたら、本当に辛いね。」

 私は頷くしかなかった。そして、こう答えた。

「ありがとう。辛くて耐えられないのを我慢してるの。彼に会いに行くよ。顔見たい。」

「それが良いよ。今日、美咲に会ってよかった。」

 瞳はこうも言った。

「仕事よりもまずはそういうプライベートな事だよ。会社なんて社員の代わりはいくらでもいるし、これから美咲は職場も選び放題だよ。何にも気にする事ないと思う、会社辞めた事なんて。」

 私は気が楽になった。本当に良い友達を持ったと思う。

「ねえ、お店変えない?あんみつでもどう?」

「いいね。行こう。」

 甘味喫茶では、気分を変えて、明るい話題で盛り上がった。瞳のプライベートの話題に耳を傾け、彼女にも結婚を考えて付き合っている人がいると知った。

 甘味喫茶を出ると、別れ際、瞳は、 

「今日聞いた話、誰にも口外しないから。信じて安心して。」

 と、私の目を見て真剣な顔で約束してくれた。

「ありがとう。会社のみんなによろしく。」

 瞳の優しさに私はまるで心が包まれているような温かさを感じていた。彼女は同僚を代表して私の様子を探るでもなく、会社とはまるで関係無しに、個人的に私のことを心配して話を聞いてくれたのだ。

 お互いに乗る列車のホームが違うので、改札で別れた。私は、帰りの電車の中で、座席に座って考えた。今度の週末ぐらいに彼に家に来てもらおうか。父と母の前であの借金のことをはっきりと話してもらいたい。もう、元の鞘に収まる気持ちは毛頭なかった。私が受けた苦しみを彼には分からせたかった。

 

 二、元カレ光輝

 

 私は次の日、夜、彼に電話した。

「しばらく。ようやく連絡しようと思えて。どうしてるの?」

 彼はいつもより低い声で、

「うん、俺からは連絡しちゃいけないと思って我慢してた。電話ありがとう。嬉しいよ。」

「なんか、何から話して良いかわかんないけど。私、辛くて死にたくなったの。」

  暫くの沈黙があって、その後、彼は絞り出すようにこう言った。

「悪かった。借金のこと、隠してて。俺も死にたくなったよ、君にフラれて。」

「うん。」

「返済一人で済ますまで、待っててくれないか。」

 私は暫く無言ののち、

「考えさせて。」

 と言って、電話を切った。両親に会いに来てと言うつもりでかけた電話だったが、元の鞘に戻ることを彼は求めてきた。電話を切った後で、ペタンと床にしゃがみ込んで、ため息をついた。

ー何やってるんだろ、私。

 彼も死にたくなったと言っていたのを聞いて、ほっとしたのは正直なところだ。辛かったのは、私だけじゃなかった。もう一度、彼を信じてみようか。

 リビングに降りてゆくと、父と母が二人でテレビを見ていた。私は二人に、

「ねえ、少し話したいことがあるんだけど。お酒飲みながら聞いて欲しい。」

 母は驚いて、

「あら、珍しい、美咲がお酒?じゃ、何かおつまみでも作ろうか。」

「いいな。たまには三人で飲もう。」

 母は立ち上がると、冷蔵庫を開けて、カマンベールチーズとサラミを取り出し、一口大に切って、皿に並べた。私は、

「ビールより、ウイスキーぐらいの気分だけど、みんな何飲む?」

 と言うと、父が遠くから、

「白ワイン開けよう。冷えてるよ、一本。」 

 私は、

「これ、白には合うはず。」

 と言って、野菜室からシャインマスカットを取り出し、よく洗ってガラスの器に盛った。

 おつまみとワイングラス、白ワインをリビングのテーブルに運び、父がコルクを抜いた。

「話って何?」

 マスカットをつまみながら、母は私に問いかけた。

「うん。光輝のこと。」

「どうした?別れたのか?」

 私はグラスのワインを少し舐め、 

「さっき電話で話してたの。私から掛けた。」

「ずっと会ってなかったのよね。」

「心配させたくなかったからパパとママには言わなかったけど、彼、四百万の借金があることを隠していたの。プロポーズの後にそのことを知らされて、婚約破棄という感じの喧嘩別れ。そのショックで私、死にたくなっちゃって。」

 父は血相を変えて聞いていたが、私は、

「それで、もう二度と会うまいと思っていたのだけど、今日の電話で、彼も死にたくなったって。」

「そんなのは知ったことじゃないな。自業自得だろう。美咲は被害者だろ。」

「まだ、彼のことを好きなの。一人で借金返済し切るまで、待ってて欲しいと言われた。」

 相槌を打っていた母が、

「自分の気持ちに正直になれば良いのよ。私たちがなんと言おうと、自分の結婚なんだから、美咲が自分でこれで良いと思うなら、そうしなさい。待っていられるなら、それも試練で、愛は深まるかもしれないとママは思う。」

「パパはどう思う?」

「借金の額はそんなに大したことはないから、心配しないけど、隠していたという不誠実さが引っかかるな。それも、ダイヤを渡すついでのように言ったのか?」

「ダイヤで私の気持ちを惹きつけて、それで、ついでのように軽く言ったんだと、私も思ってた。でも、彼にしてみれば、なかなか言い出せなかったんだと思うの。一緒に返済を手伝って欲しいって言われたんだけど、私はそれは嫌だと言って、指輪も投げ捨てたの。それで、喧嘩別れ。私がフった形で、彼は死にたくなったと言ってた。」

 父は、カマンベールチーズを咀嚼しながら、ゆっくりと、

「美咲、返事は待たせなさい。すぐ返事するな。その間にパパの勧める医者でよかったら、二、三人良いのがいるから会ってみろ。どうしてベランダから飛び降りたくなったのか、やっと話してくれたな。これでわかったよ。そんなことがあったんだな。」

 母はもっとハッキリしていて、

「光輝くんとのことは、あんまりよい縁談ではないわよ。これはケチがついたから、やめちゃいなさい。お見合いしてご覧。パパの目に叶うなら、いちばんいいわよ。」

 母の言葉を聞いて、本当にその通りだと同感だった。

「光輝くんにはママから言ってあげてもいいよ。美咲が言いづらかったら、ママ、言ってあげる。」

 すると父が、

「美咲はもう子供じゃないよ。自分で言うよな。ママは過保護でいけないよ。一人っ子だからって。」

「うん、ありがとう。自分で言えるから大丈夫よ。」

 

 三、充電期間

 

 光輝と別れる決心をするのに、時間はそうかからなかった。やはり、両親に相談してよかった。いちばん身近な人生の先輩だ。

 そして、私は光輝に手紙を書いた。父の勧める医者に会う前に、光輝の存在を自分から消してしまおうとした。そして、その実、私は精神的にとても楽になった。すっかり光輝のことを忘れ、新しいキャリア開拓に専念するようになった。

 バイリンガルまではゆかないにせよ、私の特技は英会話だ。今まで勤めていた会社でも、そこを買われて、海外営業部で顧客対応をしていた。会社を退職した今は、フリーランスで在宅ワークするのが、いちばん無理がなくてよいと思い、方々求人を探してみた。そして、海外の通信会社にフリーランスの募集を見つけ、契約にこぎつけた。

 しばらくは恋もしないで、仕事に打ち込んでいた。自由な時間にダイニングテーブルでノートパソコンでできる仕事だった。両親は私が仕事を始めたことで、安心してくれたようだ。父はそろそろ精神安定剤はやめても良さそうだと言っていた。

 もともとオフィスでの人間関係にはストレスを過剰に感じる方だった。神経質なほど潔癖。嫌いな上司に気に入られようとおべっかを使うことなんて、まっぴらごめんだった。そして、自分を過小評価してしまい、いつも自分に自信がない、相手に嫌われてると思い込むところがある。メンタルが頑丈とはとても言えないのだ。

 私は会社勤めから解放されて、ほっとしていた。アルバイト感覚で良い在宅ワークだけだが、円安の世の中では時給が割高で助かった。何より人間関係に心を砕かなくて良いのと、通勤がないのがありがたかった。

 時間があるので、料理教室に通い始めた。漠然とした結婚願望は私の場合は強くあった。良い相手を見つけて、結婚し、子供を持つ。当たり前の人生を当たり前に歩んで、幸せを掴むことが目標だった。

 こんなことを書くと、自惚れているみたいに思うけど、実は前の会社では、中途採用で着任した課長から、やっかみを受け、嫌がらせをされていたのが悩みだった。中堅企業で、学閥もなく、アットホームとでも言うべき仕事のししやすい環境の部署だったのに、その課長が着任すると、なんとなく居心地の悪い部署に様変わりしてしまった。

 新人課長に仕事を教えたのは、なんと平社員の私だった。部長からどういう訳かぞんざいに扱われていたその課長に、私は懇切丁寧に仕事のノウハウを伝授したつもりだ。部長から後で労いの言葉があったが、特に昇進とかは何もなかった。

 仕事はできたのだ、私は。カスタマーサティスファクションはいつも部内で一位。アメリカの大学を本科生で卒業していたので、人事部のウケも良かったらしい。課長からのやっかみ、嫉妬というのは、本当に鬱陶しかった。

 この課長の数多くのミスは課内のメンバーでカバーし合っていたが、本人はカバーされていることにも気づかず、また、逆に空威張りするタチの悪さで、なんとなくこの課長が海外営業部内での忌避事項となって部員に認識されていった。私は係長からたびたび同情を受けた。わかっていてくれるんだ、と思うだけで、私は救われ、業務は変わらず粛々とこなしていた。

 プライベートで光輝との週末のドライブデートなどが、私にとっては息抜きだった。光輝には仕事の愚痴は言うまいと思っていた。

 光輝に、この課長からの嫌がらせについてこぼしていたら、いくらかは楽だっただろうと思う。実際には光輝には仕事の悩みは話さなかった。封印して、ただ一人で耐えることにも慣れていた。そして、この課長におべっかを使う女性社員の先輩などが多い中、私は課長には挨拶くらいはしたが、お世辞を言うなどもってのほかで、ただ黙々と業務をこなす日々だった。

 会社の仕事が重荷になることはなかった。それなりに楽しみもあった。同僚との非定期の飲み会やカラオケ会、スキー旅行など、気が向いた時は参加していた。会社も辞職し、恋人とも別れた今、何か趣味でも持たなければと思う。幸い、徒歩圏内に市営の温水プールがあったので、頭を空っぽにしたくなると、競泳水着に着替えて、プールでガンガン泳いだ。

 仕事を辞め、恋人と別れ、精神安定剤を服用している今、諸々のことでいつも心はわさわさしている。これが人間の性らしい。精神科の医学書を取り寄せて読むようになった。なんとしてでも、精神科病院入院のあの不完全燃焼の一時期を自分なりにどこが精神病だったのか、解明したかった。

 勉強してみたところ、私は精神病ではなかったように思う。ただ、境遇が、医者の助けを必要としていたようだ。確かにベランダから飛び降りた。抜き差しならない、自殺未遂のような行為に及んだのだから、精神科医が必要だった。でも、私は、入院中に主治医からしつこく詰問されたが、飛び降りた原因については一切語らなかった。こんなプライベートなことまで、赤の他人に話すのはまっぴらごめんだった。もし、私が失恋のことを医者に話していたら、きっと失恋からの心身症とでも診断名がついただろうと思う。

 つまり、精神病のクライテリアに当てはまるかどうかは、医師の世界での話で、医師に見てもらわない限り、そして個人的なことを曝け出して心の中や、細かい秘密、経験までごっそりと医師に報告しない限り、診断名は下らないのだ。

 私の場合は、ともかく、軽い心身症、それも一過性と自身で定義づけた。仕事のストレスまでも、心身症の原因にするのははばかれた。

 

 四、新しい出逢い

 

 父は、私の様子を見ていて、もう精神安定剤も睡眠導入剤もやめようと言った。親が主治医というのは、私は恵まれていた。

 父は勤務医だ。勤務先の病院にいる、小児科医の男性に私のスナップ写真を見せたという。そして、先方から会ってみたいと返事があり、私もこの医者の顔写真を見せてもらった。好感のもてる印象だった。父のよく行くイタリアンレストランで、ある日曜日のお昼下がりに一献設けた。父と母と私、それからその小児科医と四人で普段着でカジュアルな席だった。

 人柄まではよくわからないまま、しばらくお付き合いしてみることになり、父の知り合いだということで、安心していたし、相手が医者だったので、精神安定剤をしばらく飲んでいたと、この齋藤という医者には話した。

「安定剤ぐらいは必要があれば飲めばいいですよ。睡眠導入剤も便利な良い薬です。」

 心のうちで、光輝と齋藤を比べる自分がいた。私自身、医者の娘で、家族に医者がいる安心感はよくわかっている。齋藤が医者だということは、私には大きかった。光輝はシステムエンジニアだった。光輝には私から別れの手紙を出しており、そのことに後悔はなかった。齋藤をもっと深く知りたいと思うようになっていった。幸い私は恋愛に臆病にはなっていなかった。

 齋藤とは、東京ディズニーシーに行ったり、高尾山に登ったり、両親も一緒にバーベキューをしたり、楽しく時間を過ごした。齋藤がテニスが好きだということで、私もラケットを買い、シューズも買って、二人で近くのテニスコートに遊びに行ったり。俺の白衣姿を見ろ、というので、勤務先の病院の診察時間に待合室でずっと座って出てくるのを待っていたこともある。

 齋藤とだんだん深い付き合いになり、彼の存在が私の中で大きくなるとともに、光輝のことは思い出すこともなくなっていった。

 冬になり、泊まりがけでスキーに行くことになった。クリスマス休暇を使った。安比高原のロッジホテルに泊まり、ロマンチックなクリスマスディナーを挟んで、齋藤は、いつになく酒に酔っていた。

「美咲のこと、もっともっと知りたいよ。今まで付き合った男の話もよかったら聞かせてくれないか?」

「なんで?知らなくてもいいじゃん。」

 私はディナーを食べながら、少し唇を尖らせた。齋藤は、

「俺も話すから。昔の恋愛。」

「うん。わかった。」

「俺の場合は、医学部の時の彼女が最初。高校時代は受験勉強が忙しくて、彼女作る時間が無かった。医学部の中で、彼女ができて、その子は授業についていけないと悩んでいたから、俺は家庭教師みたいな存在だったんだ。ほとんどデートもしてない、勉強を一緒にしただけ。ただ、ソウルメイトみたいな絆が芽生えたことは確かだった。お互いに医者になろうと。それから先は多分別々の人生だとわかっていたから、結婚なんて頭の隅にも無かった、少なくとも俺はね。」

「うんうん。」

「で、俺は国試受かったけど、彼女が落ちちゃって。それで、俺も先に進まなきゃいけないから、別れた。頑張れよって言って。」

「そっか。次の年にその彼女さん受かった?」

「受かったという連絡は来なかった。それでおしまいだった。」

「じゃあ、ちょっと後ろ髪引かれるね。」

「まあな。でも、違う人生歩むってそういうことだろ。」

「そうだね。」

「その後は、ちょっと言いづらいけど、看護師と二、三人付き合って、みんなカラダ目当てで、驚いたな。」

「そうなんだ。」

「うん。俺も下心がなかったわけじゃない。おあいこだ。」

「そうだよね、若い医者。看護師が放っとかないわ。」

「割とモテたんだよ。笑。」

「笑。」

「でも、恋愛経験は少ないな。本当に好きになった女って、今までに少ない。」

「そうなのね。私の場合は、元彼の話するね。システムエンジニアで、友達の紹介で知り合って、週末にドライブするのがお決まりになってた。二年ぐらい付き合って、お互いにもうそろそろ結婚も意識しようかなって思ってたら、私に隠れてカジノ行って四百万の借金を作っていたの。それを私に隠していたんだけど、プロポーズの後で打ち明けられて、私からお別れしたんだ。私、結構ショックで、死のうとして、恥ずかしいけど、自宅のベランダから庭に飛び降りたの。そうしたら、救急車で病院行って、骨折も怪我もなかったけど、精神科に入院。驚くでしょ。二週間。父が医者だから、早めに退院できた。その後、父が精神安定剤と睡眠導入剤処方してくれてた。」

「辛かったな。精神科はないよな。あそこは気の毒なところだ。規則規則でがんじがらめで、かえって患者の容態が悪くなるって聞くね。ストレスから解放して自由に過ごしてもらいたい病状なのに、下手をするとベッドにくくりつけて、保護室っていう独房みたいな狭い部屋に閉じ込めたりする、それも医者の権限で。信じられないよ。」

「そうそう。私の場合は早く会社に行きたかったの。元の生活を取り戻したかった。でも、医者は、まだ自殺する危険性があるからと出してくれなくて、勤務先を調べて、勝手に上司に診断書を送りつけていたのよ。それで、会社辞めた。」

「それは酷いな。勝手に医者が診断書って。そんなことが本当にあるんだね。ブレークダウンした時は、ゆったりと温泉旅行するとか、好きな映画やお芝居を観るとか、そういうことの方がずっと精神衛生上いいよね。」

「うん。そう思う。」

「ただ、精神科の病気も重症になると、そういう身体拘束とかが必要な場合もある。薬物中毒とかね。ただ、精神科医の多くがその辺の認識が甘くて、必要のない、患者のためにならない身体拘束をすることがままあるんだ。」

「なんか、話が逸れたね。でも、スッキリしたわ、貴方が聞いてくれて。恥ずかしいからお墓の中まで持っていこうと思うこともあったんだよね。」

「恋愛話の気分じゃなくなったね。笑。恥ずかしいと思うことは全然ない。かえって普通見れない世界を垣間見る貴重な経験したって思えばいいよ。」

「うん。」

 私は鼻の奥がツンとなるのを感じ、慌ててワインを流し込んだ。齋藤はそれを見て、

「俺の前では弱いところも見せろ。君は弱みを見せないところがあるよ。いいんだよ、俺には見せて。」

 私は静かに頷いた。涙が溢れてしまい、照れ隠しに笑って見せた。彼はそんな私を見て、手を伸ばし、私の右手を握ってくれた。

「辛いことよく乗り越えた。ご両親の力添えもあっただろうけど、一番頑張ったのは君自身だよ。それを自分で誇りに思うといいよ。」

 私は人目も憚らず、ハンカチを取り出して、泣き始めてしまい、彼は黙って温かく見守ってくれた。

「デザートが来るよ。食べよう。」

「うん。」

 デザートのザッハトルテは、しょっぱい涙の味が混じっていた。すごく美味しかった。

 その夜、私は齋藤の胸で眠った。ぐっすりと。この人と多分結婚するだろうと思っていた。

 

 五、お正月

 

 スキーから帰って、しばらくすると、齋藤と私は初詣に一緒に出かけた。正月三日の鶴岡八幡宮は人混みで、おみくじを引くことも憚れた。早く帰ろうと思い、齋藤はうちの両親に新年の挨拶をしたいと言ったので、二人で私の家へ向かう。

 家に着くと、両親はリビングでテレビを見ていた。齋藤が来たので、早速父が、

「今日は一緒に飲もう。車だから、泊まって行って欲しいな。ダメかな?」

 齋藤は、落ち着いて、

「はい。お言葉に甘えます。」 

 私はコーヒーを淹れ始めた。

「齋藤先生、明けましておめでとうございます。今年も美咲をよろしくね。」

 母がちゃっかり先に挨拶した。齋藤は、

「僕から先に言わなきゃいけないのに。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

 その夜は、蟹鍋を四人でつつきながら、楽しい新年の宴となった。

「今年はこの子も三十になるから、そろそろなんとか、ね?」

「ママ、焦らさないでよ。いいのよ、年齢のことは。気にしてないから、齋藤さんも気にしないでね。」

 私は母をたしなめ、齋藤に言った。齋藤は黙って鍋を食べている。父が齋藤にビールを注ぎながら、

「そうだよ、美咲の言う通り。好きなペースで付き合って行ってくださいね。」

「はい、ありがとうございます。僕はどうものんびり屋のようですが、そろそろ指のサイズとか気になってます。」

 と齋藤は言いながら、笑った。

 話が父と母の馴れ初めの昔話に派生して、私も初めて聞く話で、熱心に聞いていた。齋藤もニコニコしながら聞いている。実は私ができちゃったベビーだったらしいことも、父は白状した。

「ママにプロポーズする前に美咲が出来ただけ。もう結婚することは僕は決めていたから、驚かなかったけど、ママは女だから、ずいぶん心配したみたいだった。」

「そうよ。どうしようかと思ったし、自分の親にも話せなかった。ただ生理が来なくなってしまって。自分で産婦人科に一人で行ったの。怖かった。」

「それはパパが悪いなあ。ママ、かわいそうに。」

 私は思わずそう言うと、父は、

「だから、僕を反面教師にして、美咲にはママみたいな思いはさせないでくださいね、齋藤先生。」

 と声を低くした。齋藤は、

「はい、もちろんです。でも、いつ子供ができても大丈夫です。僕は。」

 と、父と母を見て、私の方も最後に見ながら、こう言った。

「実際にご両親の前でプロポーズしてしまったね。いいかな、こんなことで?美咲さん。」

 私はこういう齋藤の気取らないところが好きだったので、ニコニコ笑っていた。私は、

「経済的なことが理由な訳じゃなく、ダイヤモンドはいらないと思ってるの、私。その分で両親と四人で旅行したいな。齋藤さんのご両親もよかったらご一緒に。」

 和やかなひと時が過ぎ、齋藤は風呂に入って、客間に私が用意した布団で眠った。私も二階の自室に入り、パジャマに着替えた。化粧水を塗っていると、母がドアをノックしてドアを開き、

「齋藤さんと美咲なら、安心よ。よかった。これで。」

「ママ、光輝と比べてる?」

「まさか、そんな失礼なこと。でも、よかったね。」

「クリスマスの時に彼の良さがよくわかったの。私はあの旅行で心が決まった。」

「そう。おやすみ。」

 

 六、齋藤家

 

 齋藤は帰って行った。私は在宅ワークをしながら、料理教室に通ったり、トレーニングジムに行ったりしていた。

 気持ちの上ではとても満たされていた。幸せだった。

 齋藤から電話が来た。

「うちの両親に会いに来てくれる?」

 私は落ち着いて答えた。

「もちろん、嬉しい。」

「じゃあ、来週の土曜日とか、どう?」

「わかりました。」

「手ぶらでね。何もいらないよ。」

「ケーキぐらいなら持って行ってもいいかしら。」

「途中で買って行こうか?」

「そうね。そうしよう。」

 土曜日までに私は髪をカットに美容院に行き、マニュキュアを丁寧に塗り、ブラウスにアイロンをかけた。

 齋藤の家は、私の家から車で一時間ほどの距離だった。途中ケーキ屋でケーキを十個買って、私の希望で花屋に寄り、齋藤の母親に花束を買い求めた。

 齋藤の母は、玄関で齋藤と私を迎えると、笑顔で、

「いらっしゃい。美咲さんね。」

「はい。お噂はかねがね。今日はお招きありがとうございます。」

 リビングに通されると、齋藤の父と兄と妹が居た。順番に齋藤から紹介されて、私は挨拶した。

 母に花束を渡すと、とても喜んでくれた。

「美咲さんのことは俊文(齋藤の名前)からよく聞いています。とても気が合うし、気立の良い娘さんだと。とっても綺麗な方ね。」

 持って来たケーキと紅茶でおしゃべりしながら、私は不思議と少しも緊張しないのを感じていた。齋藤が普段から私のことをよく話してくれているのが嬉しかった。

 齋藤の父が、

「美咲さんはアメリカの大学に行かれたんだよね。アメリカナイズしてますか?」

「ほとんどもうアメリカのことは忘れて生活してます。英語だけ、使い続けたいと思いますが。」

「兄は美咲さんの英語を聞きたいと言ってました。」

 妹が言うと、私は、

「そんなに大してうまくもないんです。仕事で少し使っていた時期もありました。」

 齋藤は、

「彼女の良さは、物おじしないところ。きっとこの辺が留学で得たポイントだと俺は思ってる。」

「いえいえ。単に厚かましいんです。笑。」

 二時間くらいお邪魔して、私はお暇することにした。

「これからも俊文をよろしくお願いしますね。今日は本当にありがとう。お花、嬉しいです。」

 齋藤の母、父、兄、妹が玄関まで見送ってくれ、齋藤と私は齋藤の車に乗った。

 齋藤の車で私の家に向かう道中で、私は、

「初めてお会いしたのに、全然緊張しなかったの。嬉しかった。」

 と言った。齋藤は、

「そうか、それはよかった。うちの家族は基本母が中心だよ。美咲のご両親もそうかな?」

「うちも母が中心かも。」

 と言うと、思い出して、

「あ、そうだ。うちの両親と齋藤先生のご両親とよかったら、旅行に行かない?」

「そうだね。サプライズでプレゼントしようか、四人には。」

「国内でいいよね。」

「ハワイくらい奮発しようよ。ハネムーンなしでいいだろ。」

 私は少し躊躇した。黙っていると、

「コロナ禍でどこにも行っていないんだ、うちの両親。俺もだけど。美咲のご両親もだろうと思うけど。六人分、俺、出すから。」

「そうね。そのくらい親孝行してもいいね。」

 あまり気が進まないまま、行き先もハワイと決まりそうだった。六人分の旅費を齋藤が一人で出すのは良くないと思ったので、

「うちの両親の分は私が出すわ。」

 と言うと、

「またゆっくり話そう。」

 私はどこか温泉に一泊ぐらいのつもりでいたのだった。

「私はいっそのこと国内でいいホテルに泊まってゆっくりくつろぐのでもいいと思う。」

 と言うと、齋藤は、

「そうだね。国内におしゃれなホテルいっぱいあるからな。その方がいいか。飛行機とかめんどくさいし。」

「うん。」

「いいホテル、選んどいてくれる?車二台で行ってもいいね。」

「そうね。わかった。関東圏内でもいい?」

「うん、いいよ。」

「温泉あったほうがいいね。」

 私は幸せの絶頂にいた。サプライズの旅行は、とりあえず、ゴールデンウィークに設定し、河口湖のおしゃれなホテルを候補にした。

 それまでに、齋藤は仕事をいつも通りにこなし、私はブライダルを目標にしてエステに通ったりも始めた。ヨガ教室にも通い始めた。齋藤が医師であり、経済的に余裕のある人なので、随分と気が楽だった。結婚式は二人で話し合い、旅行から帰った六月にすることになった。

 齋藤はプロポーズをしたつもりでいたみたいだけど、私は聞いてなかった。まあ、格式ばったセリフを言うのも聞くのも今更ナンセンスに思えたので、これはこれで良いとしようと思った。

 でも、ある時、運転中の齋藤に、

「私達、結婚するんだよね?まだ、言ってもらってない、プロポーズの言葉。」

 と言ってみた。

「指輪は要らないけど、なんかいい雰囲気でそれとなくプロポーズしてくれないの?」

 齋藤は黙って運転していたけど、急に、

「じゃあ、結婚しよう!」

 と大きな声で言った。私は、

「うん、そうしよう。」

「これでいいの?」

「うん、これでいい。女って言ってくれないと不安になるのよ。」

「なんかわかんないなあ。違う生き物だね。」

 と言って齋藤は笑った。

「ジューンブライドにまでしてあげるって言ってるのに、結婚しようって一言で今更安心するって。ははは。あ、それでだけど、うちの兄と妹も一緒に旅行に来てもいいかな?せっかくだから、仲良く全員揃っての方がいいと思って。親睦のために。」

「ええ、もちろん、その方がいい。私もそれ、気になってた。」

「じゃあ、総勢八名だね。」

「だね。私、両親の車に乗るから、齋藤家は一台に乗れるね。」

「だね。俺が運転だな。」

「まだ日にちがあるね。ゆっくり準備しようっと。式場とかも抑えなきゃね。」

 旅行と結婚式を数ヶ月後に控え、マイホームを探すことも視野に入れなければならなくなった。最初は賃貸のマンションに住み、暫くしたら、都内にマンションを買えばいいと話し合った。

 私は今のフリーランスの在宅ワークを続けるつもりだ。そのうち、子供ができても、この仕事なら続けられそうだと思っていた。

 さあ、全て万事うまく運ぶよう、計画的に過ごさなければならない。私は気が引き締まる思いだったし、目標があれば頑張れる性格なので、全てに満たされていた。

 そして、あの事故が起こった。

 

 七、試練

 

 その日は春の雨で、朝から降り続いていた。私は愛犬の柴犬ムサシの散歩に傘を差して出かけた。七時を回った頃に家に帰り、朝食を食べ、父が病院に通勤のため、車に乗り込んだ。そして、私と母は家事を分担してこなしていた。

 そこへ電話が鳴った。受話器を取ると、

「警察です。齋藤俊文さんのお知り合いですか?」

 私は、驚いたが、

「はい。私は婚約者です。」

 警察官は、

「今、齋藤俊文さんの車がダンプカーと正面衝突して、救急車で病院まで行きました。港区の赤十字病院です。至急、迎えますか?」

 血の気が引くのを感じた。

「は、はい。」

 私はタクシーを呼び、赤十字病院へ向かった。

 ダンプカーと正面衝突。警察官が一人病院に来てくれていた。その警察官に事故について聞くと、齋藤は普通に法定速度以下で走っているところへ、対向車のダンプカーが中央線をはみ出して正面からぶつかったらしい。ダンプカーの運転手の居眠り運転らしかった。ダンプの運転手は軽傷だということだった。 

 救急救命室の前へ案内され、廊下の椅子に座って待たされた。

 生きていてくれればいい。たとえ車椅子生活になっても、お願い、生きていて。

 ひたすらハンカチを握りしめて祈り続けた。何時間待っていただろう。

 齋藤の父と母、兄、妹がそれぞれ病院に駆けつけた。そして、みんなで顔面蒼白のまま、何も言わずに祈り続けた。

 医師が廊下に出てきて、

「齋藤俊文様のご家族様。」

 と言った。

「命に別状はありませんが、まだ予断を許しません。両足を骨折していますので、数ヶ月の入院加療とその後、リハビリ病院に転院してリハビリ入院が必要になると思います。」

「先生、意識はありますか?」

「はい。意識はしっかりしておられますよ。」

 私は、

「怪我は両足だけですか?」

「そうです。」

 私は胸を撫で下ろした。ダンプと正面衝突と聞いて、命が危ないと思っていたので、リハビリで歩けるようになるのなら、本当に良かったと思えた。

「美咲さん、ごめんね。もうすぐ結婚式だっていうのに。」

 齋藤の母が涙を抑えきれずそう言った。私は、

「私なら大丈夫です。一生懸命、彼の支えになります。大変かもしれないけど、頑張ります。」

 医師は、

「私が主治医になります。整形外科の藤井です。」

「よろしくお願いいたします。」

「お母さん、何か売店でコーヒーでも買って来ますね。ホッとしましたね。」

「美咲さんは強いわねえ。」

 母はこう言うと、少し表情が緩んだ。

「お兄ちゃん、痛いだろうね。両足骨折って。」

 妹の桜が足元を見ながら呟くように言った。残る四人はただただ項垂れるだけだった。

 缶コーヒーを買って戻った美咲は、

「お父さん、俊文さんの勤務先への連絡とかしなくていいですか?」

 と言うと、兄の秀一郎が、

「俺がしておくよ。そうだね、うっかりしてた。」

「私は事故現場に行くよ。見て来る。」

 と父が言った。母は、

「私は家に帰りたい。ちょっと眠りたい。」

 妹の桜が、

「美咲さん、車?」

「いえ、タクシーで来ました。ちょっと私、家に電話します。」

 私は電話で母に齋藤の様子を報告した。そして、電車で家に帰った。

 私は帰ると、へとへとに疲れていて、ベッドに潜り込んで数時間眠った。怖い夢を見た。

 齋藤が運転中に突然死んでしまう。助手席にいた自分は一人取り残された。そして、毒を飲んで齋藤を追って死ぬ夢。自分が死んだ夢だった。

 夢から覚めて、自分のベッドにいる自分を見つけると、私は心の底から安堵した。よかった、まだ生きていた!

自分が死んだ夢を見たのは初めてだった。こんなに自分のベッドが有難いと思ったのも初めてだった。夢の中で毒を飲んで、死んで天国に来たと思ったら、自分のベッドの中で目が覚めた。自分のベッドが、まるで極楽浄土のように心地よいと錯覚したのだ。

「生きてゆこう。骨折で済んだのだから。私がしっかりしなくちゃ。」

 携帯が鳴った。見ると、齋藤からラインが入っている。

「ごめんな。」

 私は、

「ううん、命があったんだから、二人で一緒に頑張ろう。大丈夫だよ。みんなついてるんだから。」

 続けて、

「明日、とにかくまた病院に行くよ。会えるかどうかわかんないけど。」

「うん。」

「警察から聞いたけど、向こうのダンプカーの運転手は軽傷で済んだって。補償とか色々あるけど、みんなお父さんとお兄さんに任せておけばいいって言ってたよ。」

 齋藤の兄は弁護士だった。

 次の日、病院へ行き、齋藤の個室へ入ることができた。パジャマや着替え、洗面用具等は齋藤の母が昨日の夜に届けていた。齋藤は両足の腿から下をギプスで固定されて、痛々しい姿だったが、とにかく生きていてくれた、意識もクリア、それを幸いと思えた。

 三十分ぐらい話した後、美咲は齋藤にキスをした。

「私の気持ちは何にも変わらないからね。早く歩けるように回復しよう。」

「ありがとう。」

 帰り道、ハンドルを握りながら、涙が溢れて止まらなくなってしまった。前が見えなくなりそうで、慌てて近くにあった有料駐車場に入った。車を駐車スペースに駐車したまま、声をあげて泣いた。齋藤や齋藤の家族の前で強がりを言っていたけど、怖かった。私は頑張れるだろうか。齋藤が仕事に復帰するまで、どうすれば良いのだろうか。

 それから、私は齋藤の病室に毎日行き、だんだん良くなっていく彼の顔を見て、安心していった。気持ちが揺れることも無くなっていき、彼についてゆこうと言う気持ちが確かなものになっていった。

「仕事は代わりに部長ともう一人の先生で、カバーしてくれてるって。電話をもらったから、もし良かったら、日曜日にでも部長に電話すればいいと思う。」

「ありがとう。みんなに申し訳ない。週末にでも部長の携帯に電話するよ。」

「旅行と式はもうやめようね。計画しただけでも楽しかった。いつかまた、元気になったら、改めてお祝いの席でも。」

「そうだね。ごめん。」

「もう謝らないで。こういう試練が私たちを強くしてくれるんだから。頑張ればいいだけ。」

 二人でこういう濃い時間を過ごすのは、本当に神が与えてくれた良い夫婦になる為の試練のように思えた。お互いがお互いを理解し尽くし、相手にとって自分が、そして自分には相手が必要だと心の底から思い知る喜び。そして、そこに相手がいてくれることの確かさと安心感。齋藤が重い怪我をしたことで、かえって絆が深まるのを私は前向きに捉えられるようになっていった。

 

 八、入籍

 

 齋藤は赤十字病院からリハビリに特化した病院に転院した。齋藤は懸命にリハビリに精を出し、二ヶ月ほどの入院で普通に歩けるようになったので、退院した。

 齋藤は七月から仕事に復帰した。私は最初、運転手を買って出た。事故車は廃車にしたので、新車を購入した。

「俊文さん、神社にお祓いしてもらおうよ。」 

  気がつくと、私は齋藤を名前で呼ぶようになっていた。私が提案した通り、二人で明治神宮に行き、お祓いをしてもらい、交通安全と家内安全のお守りをもらって来た。

 毎日の出勤の送り迎えの運転を任されるうち、いつの間にかお互いが空気のようになっていくのに気付いた。もう夫婦になっているような錯覚を覚えた。八月の大安吉日を選んで、入籍を済ませた。新居は齋藤の実家からほど近い賃貸マンションを選んだ。

 私はダイヤモンドのエンゲージリングは要らないと言っていた。本当に欲しくなかった。その代わり、結婚指輪に揃いの小さなダイヤを入れてもらった。

 九月のある晴れた土曜日、齋藤の快気祝いと、結婚のお祝いを齋藤の家族とうちの両親で祝う席を設けた。齋藤の母は、料理が趣味の人なので、齋藤家で齋藤の母の手料理を食べる内輪のお祝いの会となった。その結婚指輪をして、普段着で齋藤の実家に私と齋藤はお祝いの前日の夜から行き、買い物や掃除を手伝った。

 義母は、真鯛二尾を塩釜焼きにしたのをメインに、シーザーズサラダ、酢の物、海老しんじょうのお吸い物とはらこ飯を作ってくれた。私はフライパンでローストビーフを焼いた。

 我が家の両親は、ホールケーキと胡蝶蘭の鉢植え、紅白のワインを用意して参上した。鉢植えは入院中は寝付くと言われ、忌み嫌われるが、退院し、完治してリハビリも終えたので、お祝いには長持ちして良いと花屋の店長にアドバイスされた。

 齋藤の両親、うちの両親、齋藤の兄秀一郎、妹桜、齋藤と私の八名でダイニングテーブルと隣の和室の座卓に四人ずつ座った。

 義父が乾杯の音頭をとった。

「皆さん、よく頑張って俊文を支えてくれました。美咲さん、ありがとう。本当にありがとう。そして、我が家へようこそ。俊文、美咲さん、おめでとう。辛いことを乗り越えた後には必ず喜びがあるのです。今日を境に、両家が末広がりに幸運に恵まれることを祈念して、乾杯。」

 私の父も、

「齋藤先生、というか、今日は俊文くん、健康を取り戻されて、本当にお疲れ様でした。よく頑張ってくださいました。美咲をよろしくお願いします。齋藤家の皆様、我が高井家とどうぞよしなにお付き合い、お願いいたします。そして、こんな手作りの温かい宴を用意してくださった、齋藤家の奥様に御礼申し上げます。」

 どの料理もお酒も素晴らしかった。高井の母も、

「素晴らしい。何もかも美味しいですが、特にこのはらこ飯は絶品です。」

「私の故郷の郷土料理なんですよ。祖母がよく作ってくれてました。」

「お義母さん、私にもこの作り方、伝授してください。」

 

 私ははらこ飯を頬張りながら、こう言うと、義母は、

「ありがとう、美咲さん。ぜひお教えします。美咲さんのローストビーフもとても柔らかくて美味しいわ。」

 私はこんな幸せを味わいながら、ふと一瞬、別れた元彼、光輝のことを思い出していた。光輝と一緒になっていたら、今頃どうしていただろう。光輝に自分から別れの手紙を出し、齋藤と知り合って付き合い始め、そして、齋藤の事故。これが人生だ、としみじみ感じていた。

「俊文さん、もう、脚が痛むこともないのね?」

 俊文は、

「はい、もう完治です、お陰様で。」

「俊兄ちゃん、そろそろ車の運転、前のようにしたら?美咲さんに負担だよ。」

 私は桜の言葉に驚き、

「いいえ、良いんです。俊文さんがまだフラッシュバックするようなら、私でよければ運転は全然。」

「そろそろ運転始めるよ。」

 俊文は、美咲の方を見ながらそう言うと、

「でもさ、俺の事故のせいで、新婚気分が普通の人のと違うんだよね、僕ら。結婚式も出来なかったし、実はこのメンバーで国内に旅行を計画していたんだけど、吹っ飛んじゃったから。」

 それを聞いた義父は、

「大丈夫だよ。もう夫婦として磨きがかかっているように思うよ。」

 私の母も、

「私もそう思います。すんなり夫婦になっちゃったね、二人とも。乗り越えたことが大きいから、誰にも負けない良い夫婦よ。」

 その晩は、全員酒が入ったので、齋藤家に泊まった。私は朝一番に起きると、キッチンの洗い物を片付けていた。高井の母が起きてきて、二人で片付けていた。義母は6時前に起きてきて、

「あ、ごめんなさい。先に起きてくださってたの?私、寝坊したから。」

「いえいえ、片付け場所わからないので、教えてください。」

「良いのよ、良いのよ、全部食洗機に入れちゃえば。昨夜やって寝るつもりが、和室で寝落ちしちゃって。」

「こうやって女三人でキッチンでおしゃべりも楽しいわね。」

 食洗機が回り始め、片付け仕事が一段落すると、私は三人分のお茶を淹れた。

「昨日のケーキ、美味しかったわ。」

 義母はそう言うと、唐突に、

「美咲さん、俊文と一緒にハネムーンに行きなさい。結婚式も省いて、エンゲージリングもいらないって、我慢のしすぎは良くないよ。ヨーロッパでもアメリカでも好きなところに十日ぐらい行って来なさい。」

 私は突然のことに驚いた。我慢しすぎという自覚はなかったから。でも、俊文さん、そんなに仕事休めるかしら?私は黙っていた。母が、

「私も賛成よ。」

「ありがとうございます。俊文さんと相談します。」

 高井の母が、

「クルーズも良いわよ。ゆっくりできる。」

 と言った。私の両親は飛鳥で国内を何度かクルーズ旅行している。

 

 九、懐妊・両親への手紙

 

 マンションに帰ると、インターネットでクルーズ旅行を調べた。俊文が仕事を休めるかどうか、わからないが。

 そして、数ヶ月が経つ頃、私は赤ちゃんを妊娠した。俊文と話し合って、クルーズは子供が生まれてしばらくしてから行こうということになった。十日の旅は休みが取れないので、三泊ぐらいで良い。子供が来年の夏に生まれてくる。

 子供ができたことで、私たち夫婦の親になる覚悟もできてくる。私はすっかり忘れていたけれど、ベランダから飛び降りたことを、きちんと気持ちの上で整理して、反省して来なかった。精神科病院での不愉快な拘束がその罰のように感じられて、私は罪の報いは受けたと思い込んでいた。両親にきちんと詫びていない。お腹に子供が出来て、親になる覚悟を決めようとしているので、心配をかけた我が母の思いが痛いほど身に沁みる。

「謝って済むことじゃないかもしれないけど、きちんと言葉で表そう、父と母に。」 

 私は手紙を書くことにして、パソコンに向かうと、

ーお父さん、お母さん、今日は少しお話がしたくて、手紙を書きます。私は結婚したけれど、式も挙げてないし、きちんとお父さんとお母さんに育ててもらったことに感謝の気持ちを伝えてない。それに、今となっては忘れてしまいたいあの、忌々しいベランダから飛び降りたことも、自分の中で曖昧にして来てしまいました。お腹に赤ちゃんができ、私も母親になる自覚をしてゆくためにも、ここで、自分で自分の命を大切にしなかった罪をきちんと反省しなくちゃいけないと思いました。

 お腹の赤ちゃんがどんどん大きくなっていって、元気に生まれて来てくれるよう、私の心の中のくすみを取ってしまいたい。光輝さんのせいにして、それから、自分を犠牲者みたいに誤魔化して来たことをお詫びします。私が間違っていました。本当に幸運にも命が助かり、骨折ひとつしなかったのは、お父さんとお母さんからもらった健康な体のおかげです。精神科病院での理不尽な拘束は、私が自分の命を大切にしなかった罪に対する報いだと思っていましたが、お医者さんたちはきっと私の命を守ってくださったのだと思います。本当は感謝しなければいけないのに、診断書を私に言わずに上司に郵送していたことを、少なからず恨んでいました。でもね、会社を辞めたこと、後悔していないんです。私には合わない職場でした。人間関係で悩んでいたのも事実だったので、辞められてホッとしたのが本当のところです。

 今、こうして、無事に齋藤家の嫁になり、子供も授かることができて、本当に幸せです。ここまで私の歩みを支えてくださって、お父さん、お母さん、ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。

 結婚式で花嫁姿をお見せしてないのが、申し訳ないです。感謝のお手紙も渡せていない。せめてもの償いです。

いっぱい迷惑心配かけて来たけど、今の幸せに、そしてお父さんとお母さんに感謝して、これからも精一杯、俊文さんと一緒に頑張って生きます。

 それから、この話はしておこうと思います。俊文さんが事故にあって赤十字病院に運ばれた日に、家に帰ってから、夢で自分が死ぬ夢を見たの。俊文さんが急に亡くなってしまう夢だった。そして、夢の中で、私は毒を飲んで後を追ったの。死んでいる夢を見ている間、不思議と何もなかった。なんのストーリーもなかった。本当に私は死んだと思い込んでいたの。そうしたら、自分のベッドで目が覚めた。その時の安堵感はもう言葉では言い表せない。自分のベッドで休むことがどんな極楽にも増して素晴らしいことだと感じたの。お父さん、お母さん、私は二度と同じ過ちはしないから。

 俊文さんは事故で自分は何も悪くないのに怪我をして、多くの痛みに耐え、不自由な時間を長く強いられた。だから、この子供が生まれたら、お母さんがアドバイスしてくれたように、子供を連れて国内クルーズに行って来る。骨やすみには短い旅行かも知れないけど、いっぱい幸せをこれから先、味わいたいと思ってます。

 

 そこまで書いて、読み直し、印刷して封筒に入れた。直に手渡そうと思う。

 俊文と私は、子供が生まれる前に分譲マンションに引っ越す計画だ。最近は防犯上、マンションの方が安心な気がしている。

 明日は俊文の誕生日だ。フレンチの店を予約してある。ちょうど土曜日で、病院の仕事は休みだ。俊文は三十六になる。引っ越しや、出産、そして落ち着いたら、旅行。私の近未来は吉事で満たされている。死ぬことを考えた数年前から、私は両親や齋藤家のみんなに助けられて、ここまで幸せになれた。これからもひとつひとつ、祈りながら一生懸命幸せを追求しようと思う。

 その時、電話が鳴った。

 

 十、もう一人の嬰児

「はい、齋藤でございます。」

「……………………………。」

「もしもし。」

 電話は切れた。間違い電話か、イタズラ電話だろうと思い、気に留めなかった。

 次の日、俊文の誕生祝いのランチにレストランに出かけ、食事して、帰りがてら、タクシーの中で俊文の携帯が鳴る。

「はい。」

「え?あとでかけ直す。」

 相手は男か女かもわからなかった。私は仕事の電話だろうとたかを括っていた。家に着くまで、俊文は無口になっていた。何かあったな、そう直感した。

 家に着くと、俊文は自室にこもってしまった。私は着替えて、スーパーに行く用意をして、俊文の部屋のドアをノックすると、返事が無い。

「俊文さん、ちょっといい?」

 しばらくなんの声もなく、十秒くらいして、

「あ、後で話すから。今は待って。」

 と、閉まったドアの向こうから俊文の小さな声が聞こえた。

「じゃあ、私、スーパー行ってくるね。帰って来たら話して。」

 私は車のエンジンをかけた。何か嫌な予感がした。

 スーパーから買い物を終えて帰ると、俊文はコーヒーを淹れて待っていた。私は敢えていつもと変わらない様子を装い、買って来たものを冷蔵庫にしまいながら、

「電話、誰だったの?」

 俊文はしばらく黙っていたが、意を結したように話し出した。

「一度、遊びで寝た看護師がいる。君が妊娠してから。その人が今、電話で、子供が出来たと言ってきた。産む気はないから、百万くれと。堕すからって。」

「避妊はしたんだよ。」

「そんなこと言ってるんじゃないです。ひどいわ。」

「よくそんなこと。それも、私に話すって。嘘ついて黙って百万払って収めるのが最低でも普通でしょ。コーヒー淹れて待ってたの?私がどんな顔するか?」

 私は腹が立って涙も出なかった。ただ、俊文を買い被って、よくわかっていなかったと気づいた。まさか、自分の妊娠中に不倫をしていたとは。その彼の子供が今私のお腹にいる。しっかりと母親にならなければならないのはわかっているが、ショックすぎて、取り乱してしまいそうだ。

 私は俊文の頬を平手ではたいた。急に頭が冷めて冷静になる自分がいた。

「小児科医が自分の子供を堕すお金払うって。相手の女性が既成事実を根拠に強請っているんだと信じたいわ。そのお金、私が払いに行きます。その人に会ってみたい。」

 俊文は黙っていた。私はソファーにへたり込むように座ると、しばらくの間、天井を見上げていた。涙が溢れそうだったからだ。

 高井の両親に宛てた手紙がチェストの上にあった。私は胸が張り裂けそうになり、思わず読み返しもしないで、破り捨てた。つくづく自分は親不孝だと思った。

 マンションも購入したし、引っ越しの日取りも決まっている。子供は八月に生まれる。そして、のんびりとクルーズの予定まで組んでいた矢先だった。

 俊文と別れて、一人で子供を産み、育てていくことも頭をよぎり、一瞬背筋が寒くなった。でも、この屈辱に耐えて、俊文を許して彼の経済力に頼って生きていくことは、もっと辛いことに違いないとしか、今の私には思えなかった。

「俊文さん、私に何か言うことは無いの?」

 私は俊文を獣でも見るような目で見ていた。もう、そこに夫婦の信頼も愛情もなかった。

 俊文は何も言わず、無言で自室に戻って行った。ドアを閉めてしまったので、私はリビングに一人になった。しばらくぼーっとしていたかった。ソファーに横になり、少し目立ってきたお腹をさすってみた。なんだか、お腹の子が不憫で仕方ない。このまま一人でいると、どうかなりそうだった。実家へ行こう。立ち上がって車のキーを手に取った。

 急に来た一人娘に両親は温かいもてなしをしてくれた。ただ、母は私の変化を敏感に察知し、何かあったと勘付いていたようだ。私は言いあぐねていたが、親には話そうと思い、話し出した。

「ねえ、俊文さんに女性から電話がかかってきたの。」

 

 母は予感的中という表情で驚いた。

「私がみごもってから、遊びで俊文さんと寝たらしい。看護師だと俊文さん言ってた。子供が出来たから、百万円欲しいと。堕すからって。」

 両親はびっくりして私の顔を覗き込み、

「ひどいわ。」

 と、母が言う。

「どうしたらいいのかわからない。俊文さんと別れて一人でこの子を産んで育てる自信なんて、全然ない。」

 父は苦しそうに、

「全く、なんてことをしてくれたんだ。ちょっと斎藤先生に電話してみよう。怒鳴りつけてやる。」

 私は黙っていた。母は、

「お腹の子の胎教にも悪いわ。」

 と心配して涙を流す。父がすごい剣幕で俊文を叱りつけ、それを聞いているうちに、私は少し落ち着いてきた。

「帰るわ、自分でなんとかする。しなきゃ。」

「ママが運転してあげる。俊文さんにも一言言いたいし。」

「うん、ありがとう。」

「それより、今夜は泊まりなさい。斎藤先生は放っておけ。向こうから頭下げて迎えに来るまで帰っちゃいかん。」

「パパ、ありがとう。」

 熱いものが込み上げて来た。母が後ろから抱きしめてくれた。

「三人ですき焼きでも食べよう。肉と野菜、買ってくる。」

 父は車のキーをポケットに入れて、廊下へ出て行った。私と母は女二人になり、もう何も言わず、ただわあわあと泣きぬれた。

「美咲、男の人の浮気っていうのは、所詮浮気だよ。でも許せない。」

「うん、わかってる、よくわかってるの。俊文さんがけだものみたいに見えるのよ。もう夫婦に戻れなかったらどうしよう。」

  私はまだまだ納得も承認もできず、不満が渦巻いていて、これからどうやってと俊文と過ごしていけばいいのか、途方に暮れるばかりだった。お腹の赤ちゃんは変わりなく愛おしくて、そして不憫だった。母が再び抱きしめてくれて、涙をティッシュで拭い合った。

 父が買い物から帰って来た。レジ袋を母に手渡すと、父は、

「まあ、一週間でも一月でもいいよ、うちにいなさい。ほとぼりが冷めるまで。斎藤先生も考えて悩みに悩んでいるだろう。向こうにボールはあるんだから。」

 母は冷蔵庫にレジ袋のものを仕舞い、

「しっかり食べなさいよ。それだけはきちんとね。」

 と言った。私は黙って頷いた。

 

 すき焼きの晩ごはんをダンマリで親子三人で食べながら、父と母に申し訳なくて、私は涙をまた流した。

「パパとママに手紙を書いていたの。どんなに感謝しているか、私がどんなに幸せか。つらつら書いて印字して封筒に入れて、直接渡そうと家に置いておいた。そうしたら、今度のことでショックで破り捨ててしまった。幸せな姿を見せて、今度こそお礼を言いたかったのに。ごめんなさい。」

 母は、

「美咲が謝ることではないよ。ちっとも美咲は親不孝なんかじゃないよ。親孝行よね、パパもそう思うでしょ。」

「美咲は何も悪くない。手紙を書いてくれてありがとうな。その手紙、いつか読んでみたかったよ。破ってしまったのだね。」

「楽しいことだけ思い出すようにしなさい。美咲は色々今まで苦労もしたから、どうしても憂鬱になることもあると思う。物事には裏と表がある。いい面と悪い面。これで良かったんだと思えるまで、自分の中で温めて、口には出さずに忘れたふりしてると楽よ。」

 父は、

「そうだね、今のは真理だよ。それで本当に忘れちゃってもそれで全然構わない。自分の中で整理がついたら、どんどん忘れていいんだ、過去なんて。」

 私はそれを聞いて、思い出そうとしなくていいんだ、もう忘れようと、数年前の忌まわしい過去を綺麗におさらばしようと思った。俊文の骨折の件もいつか笑って話せるし、今度の不倫も冗談にしてしまえるかもしれない。今はとてもとても無理だけど。時間がかかる。その時間の過ごし方が辛いのだろうけど。

 俊文とその看護師の間に、一体どのような経緯があったのか。早い話がどこで知り合って、いつ一線を超えて、そして何回ぐらいベッドを共にしたのか。それを聞き出さなければ、判断材料が無い。前に進めない。看護師と医師という、体の仕組みを熟知したプロ同士で、なぜ避妊をしくじったのか?謎だらけだ。

 

 そして問題の二人が不倫している時、自分はただただ悪阻に耐え、毎日の家事をこなし、俊文の体を気遣っていたことが何とも許し難い。

 看護師に子供が出来たことが嘘だったらどんなに良いだろう。同じ嬰児でも、私のお腹の子は生きる運命、看護師のお腹の子は堕胎される運命。子供を堕すことに全く抵抗のない女性なんているだろうか。産んでくださいと言おうかと思ったりした。父親のいない子になるが、母子二人を経済的に支援していくのが本当のような気もしてくる。

 それを両親に話したら、お人よしにも程があると言われた。俊文は男だから、女が子供を産みたい気持ちは私ほどにはわからないだろう。

 自宅の風呂でゆっくり寛いだ。母が掃除してくれるから、湯船を洗う必要がないことがありがたい。裸になって湯船で湯をかき混ぜていると、一瞬独身に戻った気分になった。

 風呂上がりに冷たい牛乳をコップでごくごくと飲む。

父と母が私を見て、こう言って来た。

「斎藤先生にはママと私から話をしに行く。美咲は家にいなさい。明日、日曜に二人で行ってくるから。」

「どんなことを話するの。」

「美咲が安心してお産ができるように、そのほかのことは私とママでやっておくから。」

「私、俊文さんと別れるつもりはないからね。それから、出来た赤ちゃんも、産まれて欲しいと思ってる。」

「わかった。」

「私も一緒に行くわ。」

 私は強い口調でこう言った。

「私、帰るわ。やっぱり帰らないと。前向きに考えて話し合って、自分の気持ちを自分で俊文さんに伝えなきゃ。」

 そうと決まっては、じっとしているのは無意味に感じられた。気持ちが決まったら、すぐに実行に移したい、せっかちなところもある私を、両親はよく理解してくれている。そして、善は急げで、思い立ってすぐ行動に移した時のほうが、私の場合は大抵うまくことが運ぶのだ。

 私は自分の車で、両親は彼らの自家用車で、夜道をヘッドライトを灯しながらそれぞれ俊文のいるマンションへ向かう。

 

 十一、尻軽リスト

 

 マンションの部屋の玄関ドアを私は持っている鍵で開けようとした。すると父が、インターホンを押した。俊文が小さな声でインターホンに出る。

「はい。」

「ただいま。」

 私が一言。ドアが開き、俊文が顔を出す。

「あ、お父さん、お母さん。」

 父が、

「夜分突然すみませんね。話したいので。」

 両親と私は玄関からリビングに移動し、私はコーヒーを淹れた。俊文は虚な表情で前を見つめている。コーヒーが入る前に、父が、

「今回のこと、美咲にはなんの落ち度もありませんね?」

 母が、

「向こうの方が妊娠したというのは本当なんですか?」

 

 俊文は、突然土下座した。

「僕が全て悪いんです。美咲さんには何も落ち度はありません。初めての妊娠で、不安も多い中、悪阻で苦しい時に、僕は一体何をしていたのか。先方には子供はできたと言われました。小児科医として、堕胎をさせるのは断腸の思いですが、致し方ありません。それだけの軽い女に関わったということです。」

 私は黙って聞いていたが、コーヒーを配り、そしてこう言った。

「堕してもらわない方がいい。産んでもらう。嬰児にはなんの罪もないから。俊文さんの子なんだから、百万円は渡すけど、産んできちんと育ててもらう。」

 父は、

「後々面倒なことになるんじゃないか。」

「面倒になったって、一人の赤ちゃんの命がかかってるんだから、私が会いに行ってもいい、産んでください、ちゃんと育ててくださいって言うわ。お金で困ったら、少し私のアルバイトで稼ぐお金を渡してもいい。」

 俊文は、

「ありがとう。でも、そんなしっかりした女じゃないんだ。シングルマザーになって生きていけるような人じゃない。今までにも何度か堕胎してるし。そういう噂がある人だから。」

 父も母も私も深くため息をついた。母が、

「本当にタチの悪い女性と関わったんですね。この子が可哀想です。俊文さんの怪我の時も一生懸命支えたでしょう?」

 私は、

「本当にガッカリだわ。そんな人とどうして?どこで知り合ったの?」

 俊文は黙っていた。父が、

「尻軽のリストみたいなものが病院に確かにある。若い医者目当てで、いつでもどこでも会えるように、普段からピルを飲んでいるような女性職員のリストがマル秘であるんだ。信じられないかも知れないけど。その人はピルは飲んでいなかったのか?」

「そんなのがあるの?わかんないもんね。白衣着て何食わぬ顔してるお医者様がねえ。」

 母は呆れた。

「百万持って行って渡して、さっさと縁を切れ。塩撒いて終わりだ。厄年じゃないよな?厄払いしてもらいなさい。」

 父がその場を収めた。俊文は少し安堵した表情を隠さない。私は、

「ダイヤモンドのネックレスでも買ってもらおう。」

 と、私にしては珍しくおねだりをした。やっと母に笑顔が戻った。しばらくの静寂を挟んで母が、

「そうそう、話は変わるけど、新しいマンションに引っ越すのいつ?手伝いに来るわよ。」

「四月の末にトラック予約してある。箱詰めもみんな頼んだけど、ママが来てくれると助かる。」

 母は、

「わかった。私一人だけど、手伝いに来る。さ、パパ、今日はこのくらいで私たち帰りましょう。」

 父は、

「美咲は大丈夫か?」

「大丈夫よ。」

 二人は帰って行った。私は、俊文と目を合わさず、コーヒーカップを洗い始めた。

「今日は何食べたの?」

「何も食べてない。」

「じゃ、何か作るね。私は実家ですき焼き食べてきた。」

 私は冷蔵庫にあるもので、簡単にパスタを作った。俊文はこんな時、どうして良いかわからないみたいだった。ただ一言、

「ありがとう。今日、帰って来てくれてありがとう。とんでもない誕生日だった。」

 と言うと、小さく微笑んだ。私は、

「本当だね。ランチにフルコース食べたんだったね。お祝いしたのに、台無しになったけど、もう私も忘れるように努めるわ。百万、ちゃんと払ってね。」

「ゴルフ断ちするよ。」

「わかった。私、先に寝るね。お皿、洗ってくれる?」

「わかった。おやすみ。」

 私は歯を磨きながら、齋藤が百万をポンと払える収入があって助かったと思う。少し懲らしめてやりたかったけど、自らゴルフ断ちをすると言っていた。ダイヤのネックレスは買ってもらおうと思った。ダイヤ、一カラットくらいのが欲しいと思った。他の色石じゃ嫌だ、絶対ダイヤモンド。エンゲージリングをもらってないから、ネックレスで。

 しかし、父が言っていた尻軽リストって嘘みたいだ。病院って死と隣り合わせで、過酷な現場でもあるだろうけど、裏を見た気がした。そう言えば、付き合ってた頃、スキー場のレストランで、俊文がカラダ目当ての看護師と付き合ったと言っていたのを思い出した。

 俊文さんってちょっと変わってるのかな。

 ぼんやりと思ったが、まあ、男っていうのは別の生き物。溜まったら抜きたくなるってよく聞くから、ただそう言うことなんだろな、よくわかんないけど。

 翌朝、遅い朝食を二人で済ませると、俊文は固定電話から例の看護師に電話した。

「もしもし、齋藤俊文です。」

 相手方は彼女本人だったようだ。

「お金の振込先を教えてください。メールでいいです。」

 そう言うと、電話を切った。私は、

「振り込み依頼証明書を取った方がいいよ。」

 と言った。

「銀行の窓口でもらえるから。証拠は取っておいたほうがいいと思う。」

 父もそうだが、医者というのは、変に世間知らずで、世渡りが下手なところがある。会社員が長かった私は、世の中の仕組みを少し学んでいたようだ。

 

 十二、引っ越し

 

 妊娠六ヶ月で安定期に入った。引っ越しは一週間後だ。母がここのところ、ほとんど毎日来てくれている。暇だから、少しでも役に立つなら来ると言ってくれる。有り難い。

 俊文の浮気については、齋藤家のメンバーには伏せておくことにした。俊文は、骨折事故と不倫、そして不倫で妊娠させたことを齋藤家に秘密にしておくと私が決めたことで、三重に借りを作ったと私に恐縮している。何かの時にちくりちくりと言う強みが私にあるのは幸いだ。

 今度のマンションは中古のタワマンで、低層階なので、安く買えた。タワマンのセキュリティと附属施設が魅力でこの物件を二人で選んだ。立地も良く、駅近で、管理費は安くないが、近くに学校やスーパーもある。子供を遊ばせる公園も多く、犬も飼える。子供が産まれる頃、子犬を家族の仲間に加えようと俊文が希望している。

 引越しの前日、朝早くに母は家に来てくれて、一日中、あちこち掃除したり、荷造りしたり。BGMに母の好きな小野リサのボサノヴァをかけて、二人で作業した。お昼は、マックデリバリーでサッと済ませた。

 引っ越し当日は金曜日で、母と私だけで頑張った。トラックが出発して、私と母は後ろから母の車で追いかけた。

 引っ越しが終わり、新居に積み上がっている段ボール箱を一つ一つ開けて中身を片付けていると、母が、コンビニで三千円のアマゾンギフト券を五枚買って来てくれて、私は一万五千円払った。アマゾンギフト券を一枚ずつ同じフロアのご近所に挨拶して手渡した。

「お蕎麦、食べようか、美咲。」

 仕事をひとまず終えて、お腹も減った。

「近くにある?」

「あったのよ、マンションの隣のビルに。行こうよ。」

 二人ともお化粧は禿げてるし、髪も埃だらけ。野球帽をかぶってマスクして取り急ぎ蕎麦屋に出かけ、天ぷら蕎麦に舌鼓を打った。引っ越し蕎麦だ。

「美咲、パパが来月定年なのよ。」

「あ、そっか。」

「内藤先生って覚えてる?クリニックの院長。そこで非常勤でまず働くことになってる。」

「非常勤ってことは、毎日ではないのね?」

「まだ正式なことはわかんないけど、週に三、四日くらいじゃないかな。体は楽よ。それから、多分、介護施設にアルバイトの話もあるから、土曜日だけとか行くのかも。」

「そう。無理しないでって言って。お疲れ様会しなきゃね。」

「そうねえ、ママとパパと二人でオーストラリアでも行こうかって言ってるんだけどね。」

「そっか。五月だと秋ね、南半球。」

「エアーズロックが見たいらしいよ。そうだ、美咲と俊文さんのクルーズはどこに行くの?」

「まだ決まってないわ。子供が産まれて、落ち着いたら調べて予約する。休みが取れるかどうかもわかんないから。」

「飛鳥3という船が新しくて良さそうな噂よ。」

「そうなんだ。わかった。ありがとう。」

 美咲はしばらく考えていた。引っ越し祝いと父の退職祝いを兼ねて、タワマンでホームパーティーっていうのもありか?俊文に相談すると、齋藤家のメンバーも呼ぼうと言い出しかねない。ここは母と話しておこう。

「ねえ、ママ。うちでパパの退職祝いと引っ越し祝いを兼ねてホームパーティーしようよ。うちサイドだけがいいよね。俊文さんと相談するけど、きっと齋藤の両親も呼べって言いそうなんだよね。」

「引っ越し祝いならお呼びしなきゃ。退職祝いはいいよ、うちでやる、別個に。美咲と俊文さん呼ぶから来て。」

「お祝い事が続くね。みんな健康で喧嘩もしないで、幸せだわ。」

「そうだ、秀一郎さん、そろそろお嫁さんは?」

「うん、それなんだけど、齋藤家ではその話題は禁句なんだよね。何があるのか私もよく知らないけど。きっと自分で見つけてくるのを待ってるだけだと思う。」

「そう。今時、五十代で初婚とかいっぱいあるからね。桜ちゃんは彼氏いるの?」

「いるみたいよ。」

「そう。」

 言い出しっぺだけど、私はホームパーティーが少しめんどくさいと思いはじめていた。お腹大きいし、お酒無理だし、やめようかな?パーティーじゃなく、お茶とケーキぐらいでいいかな。

 母に正直にそう話すと、

「いいわよそれで。ケーキ買って行ってあげる。齋藤さんご両親とパパと私と美咲と俊文さんは都合がついたらで。マンションをお見せすればいいのよ。それとも、黙って待っていなさいよ。齋藤さんたちの方から来てくださるわよ、マンション見せてって。」

「そうだよね。私もお腹なかなかしんどいし。パパもいつか好きな時に来てもらおう。」

「なんか私も疲れた。しばらくゆっくりダラダラしたいわ。引っ越しうまく行ってよかった。」

「本当にありがとう。あとは自分で少しずつ片付けるから大丈夫。」

 母は俊文の夕飯の準備まで手伝ってくれて、帰って行った。私は本当に感謝した。母親ってここまでしてくれるもんなんだ。男の子かな、女の子かな。性別知りたくなって来た。

 俊文が帰って来た。新居に初めて帰宅した。

「ああ、いいねえ。広々してるし、照明も明るいな。」

「キッチンの使い心地も良いよ。お風呂沸かしてあるよ。ジャバで消毒したから、綺麗だよ。」

「明日土曜日だな。書斎片付けよう。」

「ねえ、男の子かなあ、女の子かなあ。」

「知りたいの?」

「なんとなくね。心構えも必要かなと思ったり。」

「調べてみるか?今度婦人科行った時に相談したらすぐだよ。」

 

 十三、赤ちゃん、待ってるよ。

 

 赤ちゃんの性別は女の子だった。私は少しホッとした。なぜなら、母が私を育ててくれたのをお手本にすればいいのだろうと思ったからだ。

 予定日は八月二十日だ。真夏の暑い時期だから、汗疹に気をつけてあげないと。エアコンで冷やし過ぎてもいけないし。育児書、「女の子の育て方」という本を読んでいるが、この本は今現在、ジェンダーフリーが言われる世の中で、物議を醸しているらしい。とっても良い本なのだけど。

 女の子は女の子らしく、男の子は男の子らしく育てて、何が悪いと思う。その子の個性で、同性愛や性の不一致などがあった時はその時に親は対処すればいいだけであって、女の子が生まれたらピンクを着せ、男の子にはブルーを着せ、大きくなって来たら、女の子にはママゴト用具、男の子にはミニカーを買ってあげる。そういう子育てしかわからない、正直。

 男と女のふた通りしかないと言い切るのは問題があるのだろうが、なんとなく性別の話題がタブーになりつつある時代の流れには素直に従えない私だった。

 ピンクを用意できるから、あらかじめ性別を調べてよかった。中途半端に黄色というのも、なんだかスッキリしないかも知れなかった。

 俊文は女の子で結構喜んでいる。自分も小児科医で子供の患者に接するが、女の子はよりしっかりしていて、注射も泣かない子が多いらしい。本当だろうか。実際大泣きするのは、男の子が多いというのだ。ま、どっちにせよ、健康に生まれてくれれば良いのだが。女の子とわかってしまった以上、それに相応しい環境を整えたい。女の子が好きそうなおもちゃとか、ついつい俊文は買って帰って来る。

 ジェンダーフリー、私には本当によくわからない。

 

  十四、夢追い人の今

 

 赤ちゃんの性別の話が、ジェンダーフリーに派生してしまった。ここら辺で、私の物語はおしまいにしようと思う。私は今六十歳、還暦で、娘には二人の孫も生まれている。俊文は小児科医院を開業して、私と二人、横浜市の郊外に住んでいる。夢の中で夢を見るように人生を生きて来た。少なくとも今振り返ると、全て夢のようだ。娘を育てる過程も色々なことがもちろんあったけれど、この物語で綴った様々な経験は、夢物語のように愛おしい。若かったし、無知だった。でも、ひたむきで真摯だった。

 若い時の苦労は買ってでもせよ、というのは本当に真理だ。失敗や挫折から多くを学んで、人は強くしなやかにそして優しくなれるのだ。

 最愛の母は九十二歳、父は九十四歳、二人とも健在だ。医者だから、家族の体に良い生活を選ぶ知識があったことが幸いしただろう。本当に二人とも健康そのものだ。

 これから人生の第三幕が始まると思っている。第一幕は自分が育ち、第二幕は子供を育て、第三幕は本当の意味で人生を味わい尽くすための時間だと思う。父や母のように九十を過ぎても健康でいられるように、精進していきたい。。

 齋藤美咲、六十歳は、七十までの十年間で、一つまた夢を叶える。今は伏せておく。叶ったら、続編を書こう。お楽しみに。

                 終わり。

 


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